なぜソースコードをオープンにすることに抵抗がないのか

僕は、自分が作ったソフトウェアのソースコードを公開することについて、ほとんど抵抗がない。一般的には、バイナリコードのみを公開すれば、利用者は満足するはずである。にも関わらず、ソースコードを公開することに関して、「別に当然じゃん」的なことを思ったりする。何故なのか? PCというものに出会ったのは、小学校高学年。それ以来、僕はPCというものが手元にずっとある状態だった。もちろん昔はインターネットなどがなかった時代。ソフトウェアは、店頭にならんでいるもの、という認識が一般的だった。 しかし、僕が小学校に行ってたとき、つまり80年代から、僕は「ソースコードが公開された状態のソフトウェア」が数多く存在する環境で育った。そう、雑誌である。雑誌の中でも、「マイコンBASICマガジン」や「I/O」など、読者が投稿したプログラムが数多く掲載されている雑誌を好んで読んだ。これらは月刊だったので、1冊につき20本以上掲載されたソースコードについて、毎月目を通していたということになる。年にすると、最低でも20×12=240本のソースコードを読んでいる計算。 1本1本は誰が作ったかもわからない、レベルも様々なもの。僕は「ファミリーベーシック」「FM-77」「PC88MH」という経路を辿ってきたが、それこそ自分が持っていない機種のソースコードまで、脳内で実行していた。機種依存のわからない命令は、本屋に行ってその機種を解説している本を見つけ、立ち読みしたり購入したりして知識を手に入れる。そんな毎日だった。 つまり、今でいうオープンソースの中で、僕は育ってきたのだ。「いつかは雑誌に掲載されるようなプログラムを作るんだ」というモチベーションが、当時の僕をPCに向かわせていたと振り返ることができる。ソースコードが公開される、という素晴らしい結果に憧れていたんだ。 もちろん、店頭に並んでいるゲームやワープロなどといった、いっぱい売れて広く認知されるバイナリコードを生み出すことにも憧れはあった。でも、特に売れたゲームなどは、その高い技術が「内部解説本」としてユーザの手に渡ることがあった。その解説本には、もちろんそのゲームで使われている技術が、ソースコードの状態で掲載されていた。つまり、店頭に並んでいたバイナリコードも、そのソースコードの一部はオープンにされ、僕はそれを見て高い技術に触れてきた(当時理解できていたかどうかはともかく)、ということだ。 結局、昔も今も、個人や企業が作ったソフトウェアはソースコードが公開され、技術者が目にすることができる、という状況にかわりはないという感覚を僕は持っている。そして、自分で書いたソースコードをオープンソースにできるということは、自分にとってこの上ない喜びなのだ。 ちょっと極端な感じの内容になってしまったが、最近なぜか学生当時のプログラミングに対する気持ちがよみがえってくることが多かったので、電波的な話をエントリしてみた。 どうなんだろう、今となっては、↑は「年寄りの昔話」なのだろうか。。。

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Yoichiro

(よういちろう)