毎回繰り返される不安と問題

実際のところ、システム開発における情報の蓄積および検索や体系化・再利用って、どれくらい行われているのだろうか? 次々と迫ってくる開発案件。一つ案件がこなされる中で、不安材料とその解決方法は必ず蓄積される。しかし、次の案件にそれが生かされることはなく、振り出しに戻り、再度同じような反省材料と問題の解決方法が導かれる。そこには多くの車輪の再発明が含まれ、知識を脳みその中に蓄積している社員が退職してしまえば、全社的に情報がリセットされる。情報が属人化された結果、最悪なケースとしては、知識を持つ社員の人間性にその情報の活用が左右される。 少なくとも僕が渡り歩いてきた道の中で、そのような知識データベースに巡り合ったことは僕はない。素朴な疑問として、暗黙知として留めずに形式知として生きた情報を手にしているシステム開発ベンダーって、どれくらいあるのだろうか? もし皆無だとすると、なぜそれが実現できないのだろうか?形式知とすることは無理なのか、それともすることに意味がないのだろうか?これは、僕が主にJavaを使って大小問わず仕事として開発をしてきた中で、ずっと抱き続けている疑問だったりする。 皆さんは、こんなことを考えたことがありますか?

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Yoichiro

(よういちろう)